深川浅景
   全一章・(その12)
    泉鏡花作

 こゝにのきあれば、まつがあり、にはあれば燈籠とうろうさしのぞかれ、一寸ちよつと連子とれんじのすきさへ、やますゞめごとく、鳥影とりかげのさすとるのが、みなひら/\とふねであつた。奥深おくぶかごと帳場ちやうば格子がうしも、はや事務所じむしよ椅子いすになつた。

 けれども、麥稈むぎわらとほりがかりに、
 「あゝ、のこつた ‥‥‥ 」
 わたし凡夫ぼんぷだから、横目よこめにたゞ 「おなじ束髪そくはつでもすゞしやかだな。」 ぐらゐなもの、にしたところで、ひとへに御婦人ごふじんばかりだが、同伴つれ少々せう/\骨董氣こつとうぎがあるから、しからん。たゝきせた椅子いすしたんだ、てつ大火鉢おほひばちをのぞきんで、
 「十萬坪じふまんつぼ坩壺るつぼなかで、西瓜すゐくわのわれたやうにけても、けなかつたんですな。寶物はうもつですぜ。」


 この不作法ぶさはふに ‥‥‥ 叱言こゞともいはぬは、さすがにしづめた商人あきふど大氣たいぎであらう。

 それにしても、れてゐる。にさらしたもののごとく、くひあなけたほねつたはしおほい。わづかに左右さいうのこして、眞中まんなかわたりのふかくづんだのもある。とほるのにあぶなつかしいから、またまよつたていになつて、一處ひとところ泥龜すつぽんごとあなつたひ、あるところでは、  「いてたべ ‥‥‥ 幽靈いうれいどの。」

 「あら、うらめしや。」
 どろ/\どろと、二人ふたりわたつた。

 人通ひとどほりさへ、まれであるのに、貨物車トラツクは、いてとほり、ける。澁苦しぶにがかほしてるのは、以前いぜん小景氣こいき小揚こあげたちだつたとく。

 たゞひとり、このあひだに、角乘かくのり竸勢きほひた。きしやなぎはないけれども、一人ひとりすつとつた大角材だいかくざい六間ろくけんは、引緊ひきしまつたまゆしたに、そのくやごとし。水面すゐめんあやつること、草履ざうりけたよりもかるうして、よこにめぐり、たてとほつて、漂々へう/\としていてく。

 月夜つきよ鶴歩橋かくほばしわたるなぞ、いひたのもきまりがわるい。かのそう康王かうわう舎人しやじんにして、涓彰けんはうじゆつおこなひ、巽州きしう泳郡たくぐんあひだ浮遊ふいうすること二百年にひやくねん。しかして泳水たくすゐこひつた琴高きんかううらやむにはあたらない。わが深川ふかがは兄哥あにい角乘かくのりは、仙人せんにん凌駕りようがすること、たけ鳶口とびぐち約十尺やくじつしやくと、くはふるに、さらし六尺ろくしやくである。

 道幅みちはゞもやゝかたむくばかり、やま二人ふたりが、さいはひ長棹ながざをによらずして、たゞされた川筋かはすぢは、むかしにくらべると、 (だい) といひたい、鐵橋てつけうちうし、電車でんしや複線ふくせんといひたしたい。大汐見橋おほしほみばしを、八幡宮はちまんぐうからむかつてひだりへ、だら/\とりた一廓いつくわくであつた。

 また貨物車トラツク曳出ひきだすでもないが、車輪しやりん跫音きやうおんひゞわた汐見橋しほみばしから、ものの半町はんちやう此處こゝはひると、いまこはれた工場こうじやうのあとを、いし葉鐵ブリキまたいでとほさまながら、以前いぜんは、芭蕉ばせうかこつたやうな、しつとりしたみづいろつゝまれつゝ、印袢纏しるしばんてん仙人せんにんが、彼方あつち一人ひとり此方こつち二人ふたりおほいなる材木ざいもくに、あたか啄木鳥きつゝきごとくにとまつて、のこぎりくちばししづかたゝいてゐたもので、ごしごし、ごしどし、ときかすがひれて、カンとる。湖心こしんおとくばかり、心耳しんじおのづからんだ、とおもふ。が、同伴つれせつうでない。この汐見橋しほみばしを、くるわ出入ではひるためにけた水郷すゐきやう大門口おほもんぐちぐらゐな心得こゝろえだから、一段いちだんひくく、此處こゝりるのは、妓屋ちやや裏階子うらばしごりて、間夫まぶしのかく場所ばしよのやうながしたさうである。

 夜更よふけて、ぎにかへときも、つて、乘込のりこときも。



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